デス・オーバチュア
第6話「至高の母」




中央大陸の管理者……神を自称する者達は、中央大陸を四つの驚異から護っていると主張する。
いまだに魔法が一般に普及し、神に通じる力を持つとされるガルディア皇国の支配する氷に閉ざされた北方大陸。
文明の進んだ西方大陸。
神秘的な東方大陸。
未開の地である南方大陸。
そして、人を超えた高次元的存在、魔族の住む世界『魔界』から……。
東西南北から人の侵入を禁じ、魔界という隣接する次元との繋がりも封じ、完全に『鎖国』することにより大陸を護る。
七つの国の力のバランスを保ち、睨み合わせることで決定的な破滅を回避させる。
武力による直接的な支配者になるのではなく、神の視点、神の位置からの見えざる手で大陸のコントロールを行う者達、それがクリアだった。




魂殺鎌は、ルーファスの左胸の服だけを貫いてピタリと止まった。
「……なぜ、避けない……私が止めると思ったのか?」
「別に、おしおきとして少しぐらい殺されてもいいかなと思っただけだよ」
「…………」
「それに、お前になら殺されてもいいっていつも言ってるだろう」
そう言うと、ルーファスはからかうような、それでいて優しげな笑みを浮かべる。
「……お前は……」
「もっとも、殺せるならの話だけどね、二重の意味で」
殺す覚悟と殺すだけの力、それがあるのなら、いつでも殺してくれていい。
そういったニュアンスを言葉に含ませていた。
「あ〜あ、このコート結構気に入ってたんだけどな」
ルーファスは白いコートと上着を脱いで、上半身裸になる。
傷一つ、染み一つ無い、白い美しい肌だった。
いや、違う。
たった一つだけ傷があった。
左胸に、剣か何かで貫かれたような深い傷痕がある。
他の部分には傷も染みも皆無の美しい肌なだけにその傷痕だけが際だっていた。
もっとも、傷の深さと位置を考えるに、そんな所を貫かれたなら普通の人間なら生きているはずがないのだが……。
「さてさて、じゃあ、うるさい妹君が目を覚まさないうちに帰ろうか。目が覚めた時に、俺もお前もいなかったら、どれだけうるさくて、うっとうしいことになるか解ったものじゃないからね」
完全にいつもの調子に戻ったルーファスはそう言ってタナトスを促した。
「…………」
タナトスは無言で魂殺鎌を消し去る。
「…………ここをこのままでか?」
タナトスはルーファスが消し去ってしまった、かっては家のあった場所をしばらく見つめていたが、自分にはどうしょうもないという結論に達し、帰路につくことにした。



二人の女性が椅子に座って向き合っていた。
「あらあら、まあまあ、あなたがあたくしに頼み事とは珍しいですわね」
黄金の髪と瞳、そして透き通るような黄金色のフォーマルドレスを着た少女が上品に笑う。
ファントム十大天使第三位、理解のビナー・ツァフキエル。
黄金の波のような、長くウェーブのかかった自らの髪を弄びながら、ビナーはティファレクトを見つめていた。
「…………」
「まあ、自然治癒力を増加させるに過ぎない既存の魔術などでは、完全に壊死した部分の再生などできませんものね。ここはあたくしの……女神の慈悲に賭けるしかないということですわね」
「……で、やってくれるのか、くれないのか?」
ティファレクトは苛立ったように尋ねる。
「宜しいですわよ。他ならぬ、同士の願いですもの、慈悲深き女神であるあたくしが叶えて差し上げますわ」
ティファレクトは小さくため息を吐いた。
承諾されたことの安堵とビナーの態度への呆れのため息。
できることなら、彼女の力は借りたくなかったのだが、確かに彼女の言うとおり、彼女以外にティファレクトの望みを叶えられるものは存在していなかった。
「さて、まずは右足ですわね……あらあら、これはまた……」
触診していたビナーがわざとらしい声を上げる。
「……どうだ?」
「義足と生足の接合部が無くなってますわね、無機質と有機物を溶け合わせるとは……その人形師とかいう方はなかなか興味深い技術をお持ちのようですわね」
「……つまり、どういうことだ?」
「とりあえず、義足の部分を『切断』しないと駄目ということですわ、繋ぎ目が解りませんもの」
お手上げですわと言うように、ビナーは両手を上げて見せた。
「一度、人形師の所に戻って外してもらってこいと言うことか……?」
「そうですわね、それが一番安全な方法ではありますが……あ、ネツァク丁度良い所に」
ビナーは丁度、部屋の前を通り抜けようとしていた紫の短髪と瞳、紫の軍服のような服を着こなした少女を呼び止める。
「…呼んだか?」
ビナーの側までやってきたネツァクは愛想の欠片もない声で尋ねた。
「ええ、ちょっとティファレクトの右足をスパーン!……と斬っちゃってくださいな♪」
「なっ!?」
「…………解った」
妖しげな紫の瞳でしばらくティファレクトを見つめた後、ネツァクは承諾し、腰に差していた剣を抜く。
刀身が紫の宝石でできた奇妙な両刃細身の剣だった。
「待てっ! ネツァクは駄目だ! 貴様は右足を跡形も無く消し飛ばすか、左足まで切り落としかねんっ!」
ティファレクトは慌ててネツァクを制止する。
「…………それは駄目なのか?」
「当たり前だ! 右足首だけを切り落としてくれればいい! 貴様にそんな『繊細』な斬り方が……」
「無理だ」
ティファレクトが最後まで言うより早く、ネツァクは不可能と堂々と言い切った。
「まあ、ネツァクの剣は一太刀で十人以上を斬り捨てますものね、そんな荒い太刀筋で一点を斬るなんて無理に決まってますわ」
「おい……」
そのネツァクに頼んだのはどこのどいつだ?
それとも、ネツァクに自分を斬殺させるつもりだったのだろうか?
「仕方ありませんわね、では、ネメシスにでも……」
「もっとよせ! あやつは……て、貴様わざと言っていないか?」
「あら、やっと気づきましたの?」
お馬鹿さんですわね、といった表情をビナーは浮かべる。
「殺す……」
「まあ、冗談はこれくらいにして……先生、お願いします」
ビナーがパンパンと拍手を打つと、まるで最初から側で控えていたかのように一人の女性がビナーの背後に姿を現した。
人間にはあり得ない銀の髪と瞳。
左肩からは銀色に輝く天使の翼が生えている。
清楚な白いドレスも彼女の神々しいさを引き立ていてた。
「マルクトか……」
「…………」
マルクトと呼ばれた長い銀髪の女性は左手を空間に『溶け込ませる』と、そこから一振りの変わった剣を取り出す。
細く片刃の……『刀』と呼ばれる種類の剣だ。
東方大陸のさらに最北にある小さな島でしか作られていない『極東刀』と呼ばれる、最上級の刀である。
「では、失礼します、ティファレクト様」
外見と同じ天使のような美しい声でマルクトがそう言うと同時に、チィンという小さな音が響いた。
「終わりました」
マルクトの呟きと同時に、椅子に座っていたティファレクトの右足首がポトリと落ちる。
切断面からは血の一滴も流れていなかった。
「ビナー様、後数秒で血の流れが再開しますので、お早めに……」
「解ってますわ」
ビナーはティファレクトの足元に跪くと、左足にそっと接吻する。
ティファレクトの左足が黄金の光輝に包まれたかと思うと、光輝は切断面に集まっていき、新しい足首を『創り』だした。
「お見事です、ビナー様」
「当然ですわ。光海の女神にして至高の母たるあたくしに癒せぬものなど存在しませんわ」
マルクトの賛辞に、ビナーは高笑いで応じた。
「さて、次は左腕ですわね。サクサクっと斬っちゃってくださいな」
「御意のままに」
調子に乗っているビナーと、それに控えめに従うマルクト。
「サクサクって……」
再び、チィンという微かな音が部屋に響いた。



ティファレクト達のいるビナーの私室から少しばかり離れた書斎。
『面白いことをされていますね』
読書をしていたコクマの脳裏に、クスクスと楽しげな女の声が響く。
「至高の母の別名が示すように、全てのものに形を与えるのがビナーさんの能力ですからね。死んでさえいなければ、どんな深手でも癒せます……まあ、正確には治癒、回復能力というより、創造能力なんですけどね」
コクマは読書をする手と目を休めずに、自分だけに聞こえる『声』に答えた。
「一見、無から有を創りだしているように見えますが、実際は光輝……自らの持つ霊的エネルギーで物質を創りだしているに過ぎません」
『理屈や理論は簡単でも、実際にそれを行える方は滅多にいないと思いますが?』
「でしょうね。人間で言うなら、自らの闘気や生命力から物質を創り出すようなもの……」
コクマの右手に黒い光が集まる。
光は小さなナイフの形に固まった。
「このように固めて、一応触れる圧縮率にまでエネルギーを固めるぐらいなら、ある程度の闘気使いなら誰でもできますが、実際の物質に、しかも常に力を注ぎ続けたり、圧縮を続けたりしなくていいように固定させるなど……ビナーさんぐらいにしかできませんね。まして、無機質ではなく有機質の創造などは……」
『闘気を材料に、闘気でできた剣を創るぐらいはできますが、鉄や鋼でできたちゃんとした『物質』に変換、維持は難しく、まして生体を創り出すなど神の御技ということですね』
姿無き女はコクマの言葉を解りやすく解釈して理解する。
「そう言ったところ……ですね!」
コクマはいきなり黒い光でできたナイフを書斎の入り口に向けて投げつけた。
黒いナイフの先端を、突き出された白銀の槍の先端が受け止める。
黒いナイフはそのまま槍によって真っ二つに裂かれ、消滅した。
「……ナイフを投げつけるのが貴方の挨拶ですか?」
書斎の入り口にビナーとまったく同じ容姿をした少女が立っている。
違うのは髪と瞳とドレスの色が黄金ではなく蒼だということと、愛嬌のあるビナーと違って、凛々しく厳しい表情をしていたということだけだった。
蒼き湖の女神、慈悲のケセド・ツァドキエル、ビナーの双子の姉である。
「いえいえ、気配……それも限りなく消している気配を感じたら、無意識に攻撃してしまうものだと……思いませんか?」
「何が無意識ですか? 私と解った上で狙ったのは解っています」
「まあいいじゃないですか。それで、用件はなんですか? 用もないのに、大嫌いな私にあなたが会いに来るわけないですからね」
「……アクセル様がお呼びです」
「そうですか、解りました」
コクマは読んでいた分厚い古書を閉じると、背後の棚に戻した。
「では、参りましょうか、ケセドさん」
「…………」
ケセドは鋭い眼差しでコクマを見つめる。
「どうしました?」
「……貴方以外に誰かいませんでしたか、ここに?」
「いいえ、ここにはずっと私一人だけですよ」
「……そうですか」
ケセドは少し納得のいかない表情をしていたが、コクマと並んで書斎から出ていった。

































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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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